福祉のこころ 地域医療・包括ケアの現場から (20)local_offer福祉のこころ
牧師 大喜多紀明
理想的な家庭や社会づくりに有効な回想法
私は数年前、心療回想士の資格を取得した。きっかけは、認知症の症状が出たり、認知症にまつわる問題をかかえる教会員がちらほらと確認できたことである。認知症は、本人にも周囲にも大きな負担をあたえる場合が多い。
さて、回想法とは、一般的には認知症の予防をし、その進行を遅らせるために活用される心理療法の一つである。お年寄りが過ごしてきた日常を懐かしく語ってもらうのだが、それにより、肯定的な記憶が蘇り、情動が活性化する。簡単に言えば、語ることで頑張ろうとする気持ちが自然に引き出されるということだ。その際、昔懐かしい写真や映像、昔の日用品などを利用することもある。小さい頃の記憶は、失われることなく、いつまでもその人の心の中に生き続けているものだ。
私たちは、お話を聞くだけでなく、時には、その人の生きざまを、小冊子にまとめて差し上げることもある。冊子にまとめるにはそれなりの労力を要するが、お年寄りが生き生きとしてくる姿を見ることは何ものにも代えがたい。私たちの教会ではチームを組んでこうした活動もおこなっている。
自分が生きてきたことに自信が持てず、子どもたちに対しても自身のことを語ることがなかった方に、懐かしい昔のことを語ってもらい、写真入りの冊子にまとめて差し上げたことがあった。すると、その方は自分の人生に自信が持てるようになり、子どもたちにも自身の人生を生き生きと語れるようになった。回想法を援用することにより、この方の家庭の幸福度は確実に向上したのである。
最近、世代間で断絶が生じている家庭が多い。その結果、高齢者は孤立しやすい環境がつくられている。同時に、高齢者が培ってきた古き良き伝統や精神性が若い世代に継承される機会も減少していることは残念である。
若い世代が回想法を行うと、お年寄り自身の昔の話を直接聞き、とても新鮮に感じられるということがある。そのようにしていく中で、世代間の壁が薄れ、新しいコミュニティが形成されていくのである。つまり、回想法は、高齢者の認知症予防や自我統合の助けとなるだけでなく、若い世代にとっても、世代間交流することで高齢者に対する尊敬の気持ちを育てるなどの効果があるのだ。
昨今、地域コミュニティの再生の必要性が叫ばれている。地域福祉を充実させるためには、保健や医療などのサービスを整備することも必要であるが、その前提として、住民同士の主体的な支えあい、共助、互助が不可欠である。さらには、相互信頼と尊敬に基づくコミュニティが必要である。家庭や地域が、福祉社会の基本単位となることは言うまでもない。
私たちは、このようなコミュニティの再生事業を行うだけにとどまらず、これまでの福祉理論をしっかりと援用しつつも、家庭や地域を、神の愛を中心としたコミュニティに創造しようとしているのである。
福祉は、福祉的サポートを必要とする人たちだけのものではない。むしろ、理想的な家庭や社会を創造するにあたり、回想法などの福祉技術などは有効である。
真の愛によって行われる回想法には、真の愛のコミュニティをつくりだす力があると私は考えている。